みなさん、ロードレーサーに乗ってみよう!
というような主張を繰り広げる訳ではないが、
最近ロードレーサーに乗る事が小生の中でなにものにも換えがたい貴重なひとときになっていることを、以下つらつら記載する。
そして、最後に長距離マラソン選手がマラソン中に何を考えているのか触れる。
正月にかけて片道140km、埼玉から神奈川までロードレーサーで往復した。
まずは、自分自信で設定した目標にクリアしたことが幸。
交通手段として、
ロードレーサーに決めたきっかけは些細な事だった。
ただ、最近よく思う。
チャリンコを乗る事は、小生がこれまでの人生の中で後天的に身につける事になった数々の習慣の中では、おそらく最も有益であり、大事な意味を持つものである。
だから、これは偶然ではなく必然だったと今になって思う。
走ることに意味を改めて考えると、
空白の時間を手に入れる事が出来ることに尽きる。
逆のいい方をすれば、空白を獲得するために走っている。
確かに、寒いのである程度は寒さについて考える。
トラックとすれ違う際は、抜風に体が煽られ場合によってはヒヤっと怖い思いをする。
そんなときは、岐路の道を変更しようかともぐるぐる考える。
でも、それにも関わらず、実際にまともなことなことは何も考えていない。
少なくとも走った直後であっても、ろくすっぽ思い出せない。
それがとても心地よい。
昔から、マラソン選手は42.195km走る際にどんなことを考えているのか、疑問だった。
そういう考えを持つのは、だいたいにおいて連続した長い時間独りのスポーツを経験したことがない人々だと、今なら思う。
この疑問に対しては、抽象的になるが小生ならこう答える。
後になったら思い出せないその瞬間に何かを考えている。